どうせ最後は全人格が統合されてビリーも平和に暮らしてます、めでたしめでたし。
かと思ったら、そうでなかった。
とはいえ、最初の関門は上下の流れ。名前が多いのでどれが人格なのか、時間軸がどのように流れているのか、上巻が手元になかった身としてはちと辛かった。
さて、話はビリーの中における人格たちの主導権争いから、どのように人格が制御できるようになったのかを解説していく。
一つの体に複数の人格。正直言うと、ちょっとだけ羨ましい側面もある。
まず、論理的に「スポットに立つ」ルールを決められたアーサー。そして、その向上心。
「時間が限られている」ことをリアルに知っているために、徹底的に勉学に打ち込める姿は、無為に時間を過ごしている私にとって、まさに教師だった。その論理的な思考回路もいい。
また、彼らは他人が表に出ている間も、意識的に外の世界を見ることが出来る。
ナルトの分身して訓練じゃないが、「時間が飛ぶ・盗まれる」状態に陥らなければ、身体の制御を持たずとも思考実験を繰り返せるし、最大で24倍もの時間密度で成長を遂げることができる。
これは効率化なんてものじゃない。いいなぁ。
それに、24人の趣味を持っているのであれば”飽きる”ことが非常に少ないのではないか。
「好奇心こそが人を成長させる」とはセッコの台詞にもあるが、まさにその点は同意している。
すなわち、
・好奇心に基づいた向上心
・時間の有限性を認識した焦燥感
この二つは、人の成長に良い影響を及ぼすのだから。
さて、話はそれたが、ビリーについて。
誕生の時期が終わり、刑務所へと場面は戻る。
一時は精神病院への移送を免れた彼らだが、新聞などの報道により、混乱の時期が訪れ、「レイプ犯が町を歩いている」という非難にさらされ、最後は移送される。
で、裁判があって、そして現在(2002年だったかな?)今はアーティスト・プロデューサーとして生活できている、と結ばれていた。
この辺、ふーん、程度だったので軽く。
しかし、精神病患者と犯罪ってどうなんかね?
被害者側からすれば、精神鑑定で無罪なんて考えられないと思う(これは、未成年だからと刑が軽くなるのも一緒だが)。
一方で、自分が心神喪失という状態にあっての犯罪は、「俺は覚えてない」と言うしかないだろうし。
とはいえ泥酔して悪いことしたら「覚えてない」でも逮捕されるわけだし、うーん・・・
まあ、専門分野じゃないので議論はすべきだ、と締めさせていただく。
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